自慢と慢心のカタマリ男の話

我が最愛の妻(私の右隣)と優秀な息子たち
日本人のほとんどが、他人が自慢をしたりすると我慢できなくなったり、いやな気分になったりするそうですね。私はそう聞いております。しかし、自慢することの無い人、自慢のできない人は、私はかわいそうで哀れな人間だと思います。ホームレス人間みたいなものです。人に自慢して公表できることや、事業や商売などで成功した実績が無い人は哀れです。自慢のできない人は器が小さく、嫉妬のカタマリなのです。何をしてもきっと成功しないでしょう。そして、後悔をたくさんしてこの世を去って行くのです。南無阿弥陀仏。
私の第一の自慢はもちろん奥さんです。実によく出来た妻をもらったと信じています。我妻は、後継ぎの男児二人を私に授けてくれました。男として、夫として最高の栄誉をいただいた次第です。とても感謝致します。また、この状況に輪をかけてうれしいことは、息子が両方とも秀才に生まれ育ってくれたことです。二人とも音楽や芸術に長けています。長男は、私立美術大学で四年間の奨学金をいただきました。次男は、クラッシクギターのオーディション演奏を経て、音楽専攻の高校に受かりました。次男の方が、学校の成績が長男よりも優れています。高校卒業近くになったらに、次男もどこかの大学の奨学金をいただくと信じています。二人は警察に厄介になったことも、公共物件をこわしたり、何かの問題に突入したこともなく立派に育ってくれています。二人は、私と一緒に武術の練習に励んでいます。週に三回は道場で剣術の鍛錬を行っています。長男、次男と共に小学校からずっと、Straight A Studentです。コレも最愛の我妻のおかげだと、私は信じて疑いません。
我妻の良いところは、他にもたくさんたくさんあります。接待客が訪問に来ている時は、絶対に茶々を入れたり、口出しは致しません。私が、かなりの大金の小使いをくれてやっても、使わず三週間たってもまだ持っています。次に用意したお小使いを上げようとしても受け取りません。私が、仕事場で日本刀の修理修繕の仕事をしていると、お茶を入れてくれたり気を配ってくれます。炊事、洗濯、料理も全部やってくれています。過去、私が十年間くらい刀鍛治の弟子として日本で活動していた時は、いろいろな面で我妻は後ろ盾になってくれました。彼女が申すには、「私は、子供と一緒に家を守りますので、貴方は外国や侍の国の日本で師匠と十二分に活動し、活躍していただき、尊い貴重な日本刀関係の仕事を一生懸命に実行して下さい」と言ってくれました。泣けることを我妻はおっしゃるではありませんか。そして、私は妻のお言葉に甘えて英国、独国、伊国、日本と共に、米国の各州でも飛び回り、日本刀の勉強と、武者修行の旅に出立することが可能になったのでありました。家に帰ったら、必ず奥さんは待ってくれていると私は常に確信し、心休まる楽しい貴重な時間を、過ごさせていただきました。合掌。
90年代の中頃、ある宗教団体の援助とお世話を致しておりました。申し上げますが、私は政治団体や宗教団体には、一切属していません。そこの団体で知り合った多くの女性たちが、私に個人的に漠然と質問をするのです。「どうして既婚の日本人男性の九割以上が、奥さん以外に外でガールフレンドや愛人を作るのですか」と。私は即答で言ってやりました。「私は奥さんが全ての女性の中で一番だと思っていますので、単なる例外かもしれませんが、外には愛人やガールフレンドは作っていません」とはっきり言ってやりました。その女性たちは、そのような馬鹿げた質問を私に浴びせることはそれ以来しなくなりました。無口に成りました。一件落着です。
日本刀の売買をしていて、奥さんが好意をもって援助してくれ、加担してくれることは素晴らしいことです。心が休まり、そして癒されます。桑港日本刀協会の生徒に、同じような境遇の収集家のアメリカ人が五人程います。奥さんには、どんな種類の日本刀を買って、それらにいくら支払ったかを、ちゃんと正直に報告できるのです。私の知り合いで悪友の中西さんはネバダ州のリノ市へ行き、ギャンブルで4000ドル負けてしまい、家に帰って奥さんに問いただされると、400ドルしか負けていないと、ゼロを一つだけすっぱ抜いて嘘をついたのです。哀れな人です。奥さんに隠し事をしてしまったのです。最低そして最悪な人です。人間失格です。
我妻の素晴らしいことは、まだまだ他にもあります。美人で鼻が高く、そしてインテリです。現在自宅で、個人教授をしています。小学生、中学生、高校生を対象に、数学、歴史、文学、英語などを指導しています。また、武術家の奥方様としても最高です。薙刀術、小太刀の術、短刀術、護身術の空手、日本料理、指圧などもできます。私の大好きな納豆も、一緒に食べてくれています。そして拳銃の撃ち方も知っています。私の英語の先生でもあり、また、お友達でもあります。良きアドバイザーです。年齢は、私より一回り下でございます。やっぱり、若い女性は良いですな。
2011年の冬、私の一生涯での最後の引越しを致しました。三階建てで、家の裏に道場の付いた豪邸を、我妻は見つけてくれました。ついに、自宅と道場の位置関係が、同じ場所になったのです。引越しの厄介な手続きの全てを、彼女は実行致してくれました。不動産屋関連事項、弁護士対談なども全部こなしてくれました。一緒にサンフランシスコ市役所へ出向いて、いろいろな手続きを手伝ってくれました。さすがNative speakerです。私の持っているブラックカードを、渡しても信用できる人を私はついに捜し得たのです。彼女と出会えて実に良かった。彼女と結婚できて本当に良かったと確信する私なのです。私は世界中で一番幸せな武術家です。新天地の米国に来て、最高の幸福を見つけることができたのです。
私は、自慢と慢心のカタマリ男です。公に認めます。やったー。