2004年11月04日(火)
刀のはなし22
薙刀
敵を薙ぎ払うために作成された薙刀は、長刀とも書きます。平安時代より主要な武器として強靭な効果を戦場で発揮しました。
戦国時代(1467〜1591年)には、足軽や戦忍びの武器として使用され、江戸時代には武家の女性が使用するものとなり、輿入道具として短刀と共に備えられるようになりました。
現存する9割以上の拵は、江戸時代中期または後期に製作されています。
薙刀の体配には二通りあります。
①忠(なかご)薙刀
刀身と忠があり、忠が柄の中に入るようになっている。
②袋薙刀
忠の部分が袋状で、柄の上にかぶせるようになっている。
薙刀を長さによって区分すると男薙刀と女薙刀があり、女薙刀は女房薙刀とも呼ばれ、長さは1尺(約30センチ)前後です。男薙刀の長さは
1尺3寸以上です。南北朝時代に流行した大薙刀や長寸薙刀は、刃渡りが2尺(60センチ)以上もありました。
薙刀の姿、形には6種類あります。
①鵜の首形
②菖蒲形
③十文字形
④鉈形
⑤刀身形
⑥両刃形
現存する薙刀は鎌倉時代以後のものばかりで、ほとんどは室町末期、江戸時代のものです。薙刀はほとんどが消耗品であり、実用一点張りの武器であるため、現存する数が極めて少ないのです。
また、実用第一として考えられたため、刀に比べると念入りに作られたものはあまり見当たりません。価格も刀の2、3割前後です。体配が異風なので、錆びさせると研磨代も割高になります。薙刀には柄がついており、長いので運搬に不便であり、保存もやっかいで保管する場所を確保するのに苦労します。鑑賞にも手間がかかります。あきて売りに出しても値段が安く、売りにくいということもよく耳にします。薙刀に対する低評価が日本刀愛好家の中にあるので敬遠されています。これは江戸後期以降の鑑定家、鑑識家に薙刀の知識がほとんどなかったためです。
桑港日本刀博物館には60振の薙刀が保管されています。珍薙刀も少々あります。
①筑紫薙刀
530年くらい前に製作されたもの。体配は、 鉈の形です。
②鵜の首大薙刀 これは某神社に奉納されていました。製作年代は天保年間で1830〜44年ごろです。
薙刀
敵を薙ぎ払うために作成された薙刀は、長刀とも書きます。平安時代より主要な武器として強靭な効果を戦場で発揮しました。
戦国時代(1467〜1591年)には、足軽や戦忍びの武器として使用され、江戸時代には武家の女性が使用するものとなり、輿入道具として短刀と共に備えられるようになりました。
現存する9割以上の拵は、江戸時代中期または後期に製作されています。
薙刀の体配には二通りあります。
①忠(なかご)薙刀
刀身と忠があり、忠が柄の中に入るようになっている。
②袋薙刀
忠の部分が袋状で、柄の上にかぶせるようになっている。
薙刀を長さによって区分すると男薙刀と女薙刀があり、女薙刀は女房薙刀とも呼ばれ、長さは1尺(約30センチ)前後です。男薙刀の長さは
1尺3寸以上です。南北朝時代に流行した大薙刀や長寸薙刀は、刃渡りが2尺(60センチ)以上もありました。
薙刀の姿、形には6種類あります。
①鵜の首形
②菖蒲形
③十文字形
④鉈形
⑤刀身形
⑥両刃形
現存する薙刀は鎌倉時代以後のものばかりで、ほとんどは室町末期、江戸時代のものです。薙刀はほとんどが消耗品であり、実用一点張りの武器であるため、現存する数が極めて少ないのです。
また、実用第一として考えられたため、刀に比べると念入りに作られたものはあまり見当たりません。価格も刀の2、3割前後です。体配が異風なので、錆びさせると研磨代も割高になります。薙刀には柄がついており、長いので運搬に不便であり、保存もやっかいで保管する場所を確保するのに苦労します。鑑賞にも手間がかかります。あきて売りに出しても値段が安く、売りにくいということもよく耳にします。薙刀に対する低評価が日本刀愛好家の中にあるので敬遠されています。これは江戸後期以降の鑑定家、鑑識家に薙刀の知識がほとんどなかったためです。
桑港日本刀博物館には60振の薙刀が保管されています。珍薙刀も少々あります。
①筑紫薙刀
530年くらい前に製作されたもの。体配は、 鉈の形です。
②鵜の首大薙刀 これは某神社に奉納されていました。製作年代は天保年間で1830〜44年ごろです。