ジミーさん(ジミー李)
ジミーさんは苗字を李(リー)と言って、香港生まれの中国系アメリカ人です。桑港剣術道場に入門したのは、私が剣術の生徒2人と一緒に登場した英国の教育番組ヒストリーチャンネルを2004年の10月に見たその一ヶ月後でした。11月に催されたカウパレスのガンショウに来て、私としばらく話して次の週に入門しました。
ジミーさんは漢字が読めるので、他の生徒よりも銘や銘振りについてかなり詳しく教えることができたのです。中国人は10歳頃までに日本人の大人が一生かかって覚える漢字を知り尽くしてしまうのです。日本人は彼等には敵いません。でもジミーさんがちょっとびっくりしたことがあります。新刀時代(江戸時代初期)の刀鍛治であった中曽根虎鉄が、鏨で打った茎の銘です。手書きで私達が筆やペンで紙に書く漢字よりも、虎鉄の銘ははっきりと力強くより美しいのです。入道と銘の下部にあるので、江戸時代に刀鍛治の虎鉄は坊さんだったことは確かです。虎鉄の銘振りの漢字は中国人もびっくりです。
ジミーさんは入門して二年もしないうちに、日本刀の鑑定、日本史、日本語もかなり上達し、日本刀を買い始め、収集の数も二十振りは越えました。買い入れ時は必ず私と相談です。研磨のクラスにも顔を出すようになり、メキシコ系のアメリカ人奥さんからも、日本刀の買い入れは承諾され理解されています。研磨の練習は自宅のバルコニーの隅で行っているそうです。京都から取り寄せた各種の研磨石を秘蔵にして喜んでいます。
余談ですが、ジミーさんはサンフランシスコの病院で働いていました。毎日、拳銃で撃たれた人びとが救急車で運ばれ、緊急病棟に送られるそうで、途中で亡くなる人間もたくさんいるとのことです。他にも、刃物で傷ついた人々もかつぎ込まれるそうです。その中で、日本刀で致命傷を受けた患者さんがいたそうで、手術中にお亡くなりになったそうです。今はその恐ろしい悪夢のような仕事をやめて、税務関係の仕事をしているそうです。
ジミーさんが剣術のクラスに入って来た時、即座に剣術用の防具一式を買いました。もちろん、木刀、竹刀等も買いました。試し切り用の旧日本帝国陸軍の半鍛刀も買いました。私の修理修繕処には、常時五十振り位の半鍛刀の軍刀があります。一番長い刃長で67センチの軍刀を、ジミーさんの個人の試し切り用に仕立ててあげました。修理費と改ざん費は、刀身も込みで総計950ドルでした。これらの軍刀は、護身用、対暴漢用にも便利です。もし、家に侵入した暴漢に切り込む時、100万円以上もする日本刀はちょっともったいなくて使えません。値段の安い軍刀は結構切れるんです。私も、拳銃で野豚狩りに行くときは必ず半鍛刀を持参します。毎年春のサンフランシスコ日本町桜祭りのグランドパレード時に試し切り用で使用する私の日本刀は軍刀です。満州刀もかなり切れるんです。岐阜県の関市で造られた軍刀の刃紋は三本杉、尖り刃です。満州刀の刃紋は直刃です。
ある時、ジミーさんと東海岸で起きた袈裟切りで、首と腕を切られて死んだ悪党の話をしていました。この事件は2009年の9月の中頃に起こったものです。大学の僚に押し入った前科二十九犯の男の話です。刑務所から土曜日に釈放された男が、三日後の火曜日には大学の寮へ泥棒に押し入って、若い大学生に首に切り込まれて死んだ事件です。使われたでかい刃物はおもちゃみたいな日本刀モドキでした。袈裟切りで切られ、病院にかつぎ込まれた男は即死では無かったのです。もし本物の日本刀で、袈裟切りに切られていたら完全に即死だったのです。袈裟切りは、袈裟掛けとも呼ばれていて、剣術の技術の名称です。
ジミーさんは、最近は短刀をたくさん集め始めました。収集の成果を期待する私です。
ジミーさんは漢字が読めるので、他の生徒よりも銘や銘振りについてかなり詳しく教えることができたのです。中国人は10歳頃までに日本人の大人が一生かかって覚える漢字を知り尽くしてしまうのです。日本人は彼等には敵いません。でもジミーさんがちょっとびっくりしたことがあります。新刀時代(江戸時代初期)の刀鍛治であった中曽根虎鉄が、鏨で打った茎の銘です。手書きで私達が筆やペンで紙に書く漢字よりも、虎鉄の銘ははっきりと力強くより美しいのです。入道と銘の下部にあるので、江戸時代に刀鍛治の虎鉄は坊さんだったことは確かです。虎鉄の銘振りの漢字は中国人もびっくりです。
ジミーさんは入門して二年もしないうちに、日本刀の鑑定、日本史、日本語もかなり上達し、日本刀を買い始め、収集の数も二十振りは越えました。買い入れ時は必ず私と相談です。研磨のクラスにも顔を出すようになり、メキシコ系のアメリカ人奥さんからも、日本刀の買い入れは承諾され理解されています。研磨の練習は自宅のバルコニーの隅で行っているそうです。京都から取り寄せた各種の研磨石を秘蔵にして喜んでいます。
余談ですが、ジミーさんはサンフランシスコの病院で働いていました。毎日、拳銃で撃たれた人びとが救急車で運ばれ、緊急病棟に送られるそうで、途中で亡くなる人間もたくさんいるとのことです。他にも、刃物で傷ついた人々もかつぎ込まれるそうです。その中で、日本刀で致命傷を受けた患者さんがいたそうで、手術中にお亡くなりになったそうです。今はその恐ろしい悪夢のような仕事をやめて、税務関係の仕事をしているそうです。
ジミーさんが剣術のクラスに入って来た時、即座に剣術用の防具一式を買いました。もちろん、木刀、竹刀等も買いました。試し切り用の旧日本帝国陸軍の半鍛刀も買いました。私の修理修繕処には、常時五十振り位の半鍛刀の軍刀があります。一番長い刃長で67センチの軍刀を、ジミーさんの個人の試し切り用に仕立ててあげました。修理費と改ざん費は、刀身も込みで総計950ドルでした。これらの軍刀は、護身用、対暴漢用にも便利です。もし、家に侵入した暴漢に切り込む時、100万円以上もする日本刀はちょっともったいなくて使えません。値段の安い軍刀は結構切れるんです。私も、拳銃で野豚狩りに行くときは必ず半鍛刀を持参します。毎年春のサンフランシスコ日本町桜祭りのグランドパレード時に試し切り用で使用する私の日本刀は軍刀です。満州刀もかなり切れるんです。岐阜県の関市で造られた軍刀の刃紋は三本杉、尖り刃です。満州刀の刃紋は直刃です。
ある時、ジミーさんと東海岸で起きた袈裟切りで、首と腕を切られて死んだ悪党の話をしていました。この事件は2009年の9月の中頃に起こったものです。大学の僚に押し入った前科二十九犯の男の話です。刑務所から土曜日に釈放された男が、三日後の火曜日には大学の寮へ泥棒に押し入って、若い大学生に首に切り込まれて死んだ事件です。使われたでかい刃物はおもちゃみたいな日本刀モドキでした。袈裟切りで切られ、病院にかつぎ込まれた男は即死では無かったのです。もし本物の日本刀で、袈裟切りに切られていたら完全に即死だったのです。袈裟切りは、袈裟掛けとも呼ばれていて、剣術の技術の名称です。
ジミーさんは、最近は短刀をたくさん集め始めました。収集の成果を期待する私です。